テクニカルダイビングの減圧症|関節が痛いだけ、が危ない

Musculoskeletal Decompression Sickness in Technical Diving

テクニカルダイビングの減圧症|関節が痛いだけ、が危ない

フランスの5施設に集まった124例が示した、出方の違いと受診が遅れる理由。

長い減圧を終えて浮上し、器材を洗って車に積み込む。翌朝、右の肩が重い。動かすと奥のほうが鈍く痛みます。前日はタンクを何本も上げ下ろししましたし、ドライスーツの脱ぎ着でも肩は使います。だからこれは筋肉痛だ——そう結論づけて、その日は何もしない。

テクニカルダイビングの減圧症について、フランスの5施設に運ばれた105例で最も多かった出方は、まさにこの「関節や筋肉が痛いだけ」という形でした。しびれもない、めまいもない、歩ける。だから本人も周囲も減圧症だと思わない。2026年に潜水医学の専門誌で報告されたこの調査は、そこを正面から扱っています。

いま症状がある方へ。

潜水のあとに関節や筋肉の痛み・しびれ・力が入らない・排尿しにくい・めまい・聞こえにくさが出た場合は、様子を見ずに対応が必要です。応急の酸素があれば使いながら、減圧障害の治療ができる施設へ直ちに連絡してください。力が入らない・歩けない・意識や呼吸の異常がある場合は119番です。酸素の準備のために連絡や搬送を遅らせないでください。当院は再圧治療を行う施設ではありません。

テクニカルダイビングは、レジャーの潜水と何が違う?

境界は道具と手順にあります。浮上の途中で減圧停止を必ず入れる深さと時間、吐いた息を再利用する閉鎖式の呼吸器(リブリーザー)、ヘリウムを含む混合気(トライミックス)、そして洞窟や沈船のように「まっすぐ上がれない」天井のある環境。このどれかが入った時点で、水面はすぐそこにありません。

フランスの調査で治療施設に運ばれた124人の内訳を見ると、この輪郭がはっきりします。リブリーザーを使っていたのが94人(およそ4人に3人)、ヘリウムを含む混合気を使っていたのが77人(およそ6割)。年齢の中央にあたる値は45歳、113人(91%)が男性でした。そして36人(29%)は、過去にも潜水に関わる事故を経験していました。

2025年に発表された国際的なアンケート調査も、似た人物像を描いています。トライミックスの認定を持つダイバー558人のうち、92%が男性、61%が46歳を超えており、42%が何らかの医学的なリスク因子を持っていると答えました。深く長く潜る技術を持った層が、そのまま年齢を重ねている——これが現在のテクニカルダイビングの実像です。

フランスの124例で最も多かった減圧症の症状は?

この調査は、フランス沿岸にある5つの高気圧治療施設が、2010年から2024年までの15年分のカルテをさかのぼって集めたものです。テクニカルダイビングののちに減圧症・浸水性肺水腫・ガスによる中毒で受診した人が対象で、127人が該当し、3人が参加を辞退したため124例が分析されました。

内訳は、減圧症が105例、浸水性肺水腫が16例、ガスによる中毒が3例。そして減圧症105例のうち、関節や筋肉だけに症状が出た型が36例で最も多く、およそ3例に1例を占めました。一方で、脊髄に及んだ型は相対的に少数でした。研究チームはこれを「レジャーの潜水とは異なる出方」と表現しています。

比較のために、レジャーを中心とした集計を並べておきます。潜水事故の相談を受けている国際的な民間団体(DAN)の資料では、減圧症の初発症状の内訳はおおよそ次のように整理されています。ひとりが複数の症状を持つため、合計は100%を超えます。

症状のまとまり 初発症状として報告された割合
痛み・しびれおよそ3分の2
だるさなど全身の症状およそ4割
めまい・筋力の低下およそ2割
皮膚の症状およそ1割

この調査の性質と限界

これは治療施設に来た人の記録をさかのぼって調べた観察研究で、テクニカルダイバー全体のうち何%が事故に遭うかを示した数字ではありません。症状が軽くて受診しなかった人は最初から含まれていません。フランス沿岸という地域の事情、その期間にその5施設へ運ばれたという偏りもあります。後ろ向きの記録調査である以上、「テクニカルダイビングだから関節に出た」という因果関係を証明したものでもありません。

深く潜ることだけがリスクではない

同じ調査で見落とせないのが、浸水性肺水腫の16例です。多くは浅い潜水で、ウェットスーツを着ていたときに起きており、手順の誤りとの関連が指摘されました。深度を攻めていない日でも、水に浸かること自体が肺に負担をかけることがあります。ただし、この病態を潜る前に「起こるかどうか」で判定する方法は現時点で存在しません。仕組みと兆候は浸水性肺水腫(IPE)で整理しています。

潜ったあとの関節の痛みは、筋肉痛と見分けられる?

ここが、この記事でいちばん訂正したい思い込みです。「動かすと痛いのだから使いすぎだ」という判断には、根拠がありません。

減圧症による関節の痛みは、肩や肘に出ることが多く、じわじわ強くなり、押しても痛む場所がはっきりしない鈍い深部の痛みとして現れる、と説明されます。ただしこれは傾向であって、決め手ではありません。筋肉痛でも同じように感じることはありますし、痛みの性状だけで見分けられると確かめた研究もありません。「見分けられない」というのが、いま言える正確な答えです。

時間の感覚もずれやすいところです。減圧症の症状は、浮上から15分ほどで出ることもあれば、12時間ほど経ってから出ることもあるとされています。翌朝の痛みは、十分にあり得る時間帯に入っています。前日に器材を運んだかどうかは、減圧症を否定する材料になりません。

正しい態度はひとつです。潜水歴があるなら、関節や筋肉の痛みを減圧症の候補から外さない。使いすぎだったと後で分かるのは構いませんが、順番を逆にすると取り返しがつきにくくなります。

再圧治療までに、どれくらい時間がかかっている?

フランスの調査で、再圧が必要と判断された例の治療開始までの時間は、中央にあたる値でおよそ4時間でした。真ん中の半数は、およそ2時間15分から9時間15分の間に収まっていました。逆に言えば、4人に1人は9時間あまり経ってから治療が始まっているということです。

この遅れはフランスに限りません。オーストラリア北部の施設で治療を受けた306人を対象にした後ろ向きの調査では、症状が出るまでがおよそ1時間、酸素投与が始まるまでがおよそ4時間、高気圧酸素治療が始まるまではおよそ39時間でした。この集団では初期に軽症と判断された人が7割を占め、最終的に93%が良好な経過をたどっています。ただし同じ調査は、初期の重症度が高い人ほど発症も治療開始も早かったにもかかわらず、経過は悪かったことも示しました。早く着いたから軽く済んだ、という単純な関係ではありません。

遅れをつくる要素は3つに分けられます。海から陸への移動、受け入れ先の少なさ、そして本人が「連絡する」と決めるまでの時間です。前の2つは当日には変えられません。3つ目だけが、潜る前の準備で短くできます。

症状が軽ければ、様子を見てもよい?

この問いに対しては、一見すると安心できるデータがあります。フィンランドのテクニカルダイバー55人を1年間追跡した調査では、2,983回の潜水のうち27回で減圧障害の症状が出ました(1万回の潜水あたり91回)。症状はすべて軽く、高気圧酸素治療を受けたのは1人だけで、後遺症を残した人はいませんでした。

ところが、この調査の著者たちが結論として書いたのは正反対のことでした。応急の酸素を使ったのは21%にとどまり、自分で処置して終わった例が、治療を受けた例の27倍あった。だから応急の酸素と受診についての教育が要る、というのが結びです。

2025年の国際アンケートでも同じ構図が出ています。減圧症や呼吸に関わる症状が出た事例のうち、48%では何の処置も行われておらず、減圧症の症状が出た事例で高気圧酸素治療を受けたのは16%でした。長く続く後遺症を自覚したと答えたのは2.5%です。

この2つの数字の読み方

「多くは軽く済んでいる」と「だから様子を見てよい」は別の話です。どちらも本人の申告に基づく調査で、重い経過をたどった人の回答が含まれにくい可能性があります。実際、施設まで運ばれた人だけを見たフランスの調査では、減圧症105例のうち26例(4例に1例)で経過が良くありませんでした。同じ病気の別の断面を見ているだけで、矛盾はしていません。自分がどちらの断面に入るかは、症状が出た時点では分かりません。

応急の対応そのものは、難しいものではありません。できるだけ高い濃度の酸素を投与すること、意識がはっきりしていれば口から水分をとること、そして痛み止めを自己判断で使わないこと。水分は決まった量があるわけではないので、尿の色が薄くなる程度を目安にしてください。心臓や腎臓の病気で水分の制限を受けている方は、その指示が優先されます。

減圧症は、骨に後から影響が出る?

フランスの調査で経過が良くなかった26例の内訳を見ると、その多くは骨または内耳に関わるものでした。研究チームは結論として、テクニカルダイビングでは減圧によって骨の一部が壊れる「減圧性骨壊死」のリスクが高まる可能性を挙げています。

この病態自体は古くから知られています。危険を高める要素として整理されているのは、圧力にさらされる頻度・時間・深度、不十分な減圧、減圧症にかかったことがあること、そして年齢です。2020年に報告された症例では、30年にわたって深い潜水を続けてきたインストラクターの両肩(上腕骨の頭の部分)に骨壊死が生じ、手術が必要になりました。報告者は、テクニカルダイバーを新たな注意集団として、定期的な医学的評価を検討すべきだと述べています。

日本からのデータもあります。飽和潜水に従事する62人をMRIで調べた2026年の報告では、3人(4.8%)に骨壊死の所見が見つかりました。関連が示されたのは、減圧症にかかったことがあること、拡張期の血圧が高いこと、HDLコレステロールが低いことの3つです。ただしこれは職業として潜る人たちの調査で、人数も限られます。レジャーのテクニカルダイビングにそのまま当てはめることはできませんし、血圧や脂質が骨壊死を起こすと証明されたわけでもありません。

「では検査を」と言えない理由

減圧性骨壊死は初期には症状が出ません。そして、いつ・誰に・どの検査を行えば早く見つけられるのかを確かめた研究が不足していることを、フランスの調査自身が明記しています。同じ論文は、現時点の根拠はテクニカルダイビングの事故に対して従来と異なる治療を支持しないとも述べており、注意喚起と過剰な検査のあいだで慎重に線を引いています。当院でも、検査は診療上必要と判断した場合に限って行います。検査だけを目的とした受診は保険の対象外です。

脊髄に症状が出たあと、どこまで診てもらえばいい?

同じ2026年に、同じ専門誌が脊髄に及んだ減圧障害の長期管理についての総説を掲載しています。1996年から2025年までの各国の指針と文献を系統的に検索したうえで、著者らが最初に報告したのは「脊髄に及んだ減圧障害に特化した長期フォローの手順は存在しなかった」という事実でした。

そこで総説は、外傷などによる脊髄損傷の分野で積み上げられてきた枠組みを応用する形で提案をまとめています。対象として挙げられたのは、排尿の機能、消化管の問題、血栓のリスク、自律神経の過剰な反応、呼吸の機能、痛み、筋肉のつっぱりです。提案の中心は次の2点でした。

  • 見た目には回復したように見える人にも、神経と排尿に関する確認を系統的に行う
  • 最初の2年間は、リスクに応じて重点的に経過を見る

ここで立ち止まる必要があります。これは総説による提案であり、この手順に従えば経過が良くなると確かめた研究ではありません。著者ら自身、長期の経過はまだよく分かっていないと書いています。それでも「後遺症は少なくないのに、診断されないまま見過ごされている可能性がある」という指摘は、脊髄に及んだ減圧障害の治療を受けた方にそのまま当てはまります。再圧治療が終わった時点を「完了」と読み替えないでください。

日本で減圧症の治療は、どこで受けられる?

治療の柱は再圧、つまり高気圧酸素治療です。治療後の成績として、フィンランドで20年間に治療された571例(うちテクニカルダイビングによるものが200例)の集計では、標準的な治療表を用いた再圧後に82%で症状が完全に消失していました

日本では、減圧症および空気塞栓に対する高気圧酸素治療は公的医療保険の対象です。診療報酬上は発症から1か月以内に行う場合に、一連につき7回を限度として算定する仕組みになっています。費用が心配な場合でも、まず対応施設への連絡を遅らせないでください。

問題は場所です。高気圧酸素治療の装置を持つ施設と、減圧障害の急患を受け入れられる施設は同じではありません。潜水事故では、付き添う医療者ごと入れる多人数用の装置や、夜間・休日に動ける体制が必要になるためです。国内の学会が減圧障害に対応できる施設の一覧を公開しているので、潜る海域から搬送できる施設と連絡先は、事前に控えておくべき情報です。

北海道内にも高気圧酸素治療の装置を持つ施設は複数ありますが、装置があることと、潜水事故の急患を受けられることは別問題です。「近くの病院に行けばよい」という前提は、この病気では成り立ちません。調べる作業は、当日ではなく出発前にしかできません。

明日からできること

次のダイビングの前に、道具の準備と同じ手間で済むことを並べます。

  • 潜水後に出た関節・筋肉の痛みを、減圧症の候補から外さない。「昨日タンクを運んだから」は、否定する根拠になりません
  • 症状に気づいた時刻を記録する。潜水時刻・最大深度・使ったガス・減圧の手順とセットにしておくと、施設に伝えるときの材料になります
  • 応急の酸素を「積んである」から「使える」へ。誰が出して、どのマスクを使い、どのくらいの時間供給できるのか。実際に開けて確認しておかないと、必要な日には開きません
  • 水分は口から、量は固定せずに。意識がはっきりしていることが前提です。尿の色が薄くなる程度を目安にし、心臓や腎臓の病気で制限を受けている方はその指示を優先してください
  • 搬送先を出発前に控える。潜る海域から運べる高気圧酸素治療の施設と連絡先を、携帯に入れておきます
  • バディに「痛みが出たら必ず言う」と先に宣言しておく。48%が何もしなかったという数字は、判断が個人の中に閉じたときに生まれます
  • 潜り方以外の準備もする。減圧症にかかったことがあるか、血圧、脂質——骨壊死との関連が報告された項目は、まだ限られた研究の結果ですが、ふだんの健康管理として確認しておく価値はあります

ダイバー外来でできること、できないこと

はじめに、できないことを書きます。当院は再圧治療(高気圧酸素治療)を行う施設ではありません。症状が出ている方は、この記事を読み進めるより先に、対応できる施設へご連絡ください。浸水性肺水腫についても、潜る前に発症するかどうかを判定する方法はないため、そうした評価はお引き受けできません。

できるのは、その前後です。潜水に適した状態かどうかの評価と各種の書類、血圧・脂質・体重・睡眠中の呼吸といったリスク因子の管理、そして治療を受けたあとの全身の状態についてのご相談。30歳以上の方には心電図と胸部X線を強くお勧めしています。

検査については、診療上必要と判断した場合に限って行います。検査だけを目的とした受診は保険の対象外です。診療内容と書類の範囲はダイバー外来にまとめています。

よくある質問|テクニカルダイビングの減圧症

Q. 潜ったあとの関節の痛みは、筋肉痛と見分けられますか?

痛みの感じ方だけで確実に見分ける方法はありません。フランスの5施設に運ばれたテクニカルダイバーの減圧症105例のうち、関節や筋肉だけに症状が出た型が36例と最も多く、およそ3例に1例を占めていました。症状は浮上から15分ほどで出ることもあれば、12時間ほど経ってから出ることもあります。潜水のあとに出た関節や筋肉の痛みは、使いすぎと決めつけず、減圧障害の治療ができる施設へご連絡ください。

Q. 症状が軽ければ、様子を見てもよいですか?

症状がすべて軽く後遺症が報告されなかった調査はありますが、それは様子を見てよい根拠にはなりません。トライミックスの認定を持つダイバー558人への調査では、減圧症や呼吸に関わる症状が出た事例の48%で何の処置も行われず、減圧症の症状が出た事例で高気圧酸素治療を受けたのは16%でした。一方、施設まで運ばれた人を集めたフランスの調査では、減圧症105例のうち4例に1例で経過が良くありませんでした。本人の申告に基づく調査では、重い経過をたどった人の回答が含まれにくい可能性があります。

Q. 骨への影響が心配です。画像検査を受けたほうがよいですか?

一律にお勧めできる段階ではありません。フランスの調査は減圧性骨壊死のリスクが高まる可能性を指摘しましたが、同時に、初期には症状が出ないため、いつ誰にどの検査を行えばよいかが定まっていないとも述べています。当院では、検査は診療上必要と判断した場合に限って行い、検査だけを目的とした受診は保険の対象外です。潜水の内容と症状をふまえて必要性を判断します。

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