双極性障害でダイビングは不可?診断名だけでは決まらない

Bipolar Disorder and Fitness to Dive

双極性障害でダイビングは不可?診断名だけでは決まらない

チェックシートの文言だけで可否は決まりません。治療中の方も申告が必要で、精神面の評価は精神科の主治医が前提です。

ダイビングの講習やツアーに申し込むとき、ショップから一枚の用紙を渡されます。世界共通の「ダイバーメディカル・参加者チェックシート」です。表面に10問の質問が並び、その7番目に、精神科の治療について尋ねる項目があります。ここでペンが止まる人がいます。正直に「はい」を付けたら、もう海に入れなくなるのではないか——双極性障害とダイビングをめぐる不安の多くは、この一枚の紙の前で生まれます。

先に結論を書きます。この用紙は、診断名で人を振り分ける仕組みにはなっていません。E欄で名指しされているのは「コントロールされていない双極性障害」ですが、治療中または過去5年以内に治療が必要だった方は、安定していても表面の7番で申告が必要です。「はい」を付けることは不合格の宣告ではありませんが、潜れるという意味でもなく、精神科の主治医を含む医師の評価へ進むための分岐です。ただしその先の判断材料は、正直に言って薄い。数字で語れる段階には、まだ届いていません。

この記事の範囲

扱うのは、ダイビングの医学的スクリーニングが双極性障害をどう位置づけているか、という一点です。個々の方が潜れるかどうかを決められる内容ではありません。また当院は精神科ではないため、双極性障害そのものの診断や治療は行っていません。状態についての判断は、治療を担当している精神科の医師によるものが前提です。

双極性障害は、ダイビングの書類でどう聞かれている?

この用紙を作っているのは、潜水医学の専門家で構成された委員会(Diver Medical Screen Committee)です。米国海中高気圧医学会などが名を連ねています。書式番号は10346、英語版は2026年1月1日付に更新されており、日本で配られている日本語版はこの同じ書式の翻訳です。

表面の10問のうち、7番目はこう書かれています。「現在、精神科的疾患、人格障害、パニック発作、あるいは、薬物やアルコール依存症で治療中です(あるいは、過去5年以内に治療が必要でした)。または、学習障害あるいは発達障害と診断されたことがあります。」ここが「はい」なら、2ページ目のE欄へ進みます。

E欄は4項目あり、双極性障害が出てくるのはその2番目です。英語の原文は「薬物療法または精神科治療を要する、大うつ病、自殺念慮、パニック発作、コントロールされていない双極性障害」。日本語版では、この部分が「未治療の双極性障害(躁うつ病)」と訳されています。

訳語には幅がありますが、E欄が直接挙げているのは「コントロールされていない双極性障害」です。ただし、治療中の方の申告が不要になるわけではありませんし、落ち着いているかどうかを本人だけで判断してよいという意味でもありません。

ただし、7番と10番は別の話

E欄の文言が「未治療」でも、表面の7番は「現在治療中、または過去5年以内に治療が必要だった」人が該当します。つまり治療を続けて安定している方も、7番では「はい」になります。さらに10番「処方薬を服用しています」も、該当すれば医師の評価が必要な項目です。安定していることと、書類上で該当しないことは、別物だと考えてください。

書類に「はい」を付けると、もう潜れない?

用紙の冒頭の手順説明が、そのまま答えになっています。10問すべてが「いいえ」なら医師の評価は不要。3番・5番・10番、または2ページ目のどれかに「はい」があれば、3ページ全部を持って医師の評価を受けてください——そう書かれているだけです。「はい」は門前払いではなく分岐です。

3ページ目は医師が記入する評価用紙です。結果欄は二択で、「潜水に適さないと考える状態は見当たらない」か「適さないと考える状態がある」のどちらかにチェックを入れる形になっています。しかもこの用紙には、余計な書き込みを加えると団体によっては書類が無効になりうる、という注意書きが添えられています。「条件つきで可」「この深さまで」といった条件を紙の上で表現しにくい構造だ、ということです。条件の擦り合わせは、書類を出す前の相談で済ませておくことになります。

もうひとつ。用紙の下部には参加者の署名欄があり、正直に答えたこと、答えなかった項目があればその結果に責任を負うことを確認する文言が付いています。申告せずに進めるのではなく、該当する項目には正確に回答してください。

双極性障害のダイバーは、何を基準に判断される?

2026年、潜水医学の専門誌に「ダイバーにおける双極スペクトラム障害」という系統的レビューが載りました。精神医学・産業医学・航空医学・潜水医学の文献を決まった手順で集め、潜水適性の評価に関わる論点を整理したものです。

このレビューが優先すべきとして挙げたのは、次の3点でした。症状が消えているかどうかではなく、生活の機能が安定して続いていること。治療を確実に続けられていること。自分の病状の変化に気づけること。この3点が、評価で優先すべき材料として示されています。

あわせて指摘されたのは、気分が安定している時期でも、注意力や物事を決める力にわずかな低下が残ることがある、という点です。そして再発の入口では病識そのものが弱くなりうる、とも述べられています。水中でこれが起きると、自分では気づけないまま判断の質だけが落ちます。

このレビューの限界

決まった手順で文献を集めてはいますが、双極性障害のある人が実際に潜ったときのデータは乏しく、専門家の意見や航空分野など別の領域からの当てはめに頼らざるを得なかった——レビュー自身がそう明記しています。数値をまとめる統合は行われておらず、潜れる・潜れないを数字で示せる段階ではない、というのがこの分野の現在地です。

医師向けの手引きは、双極性障害をどう区分している?

チェックシートを受け取る医師向けに、同じ委員会が評価の手引きも公開しています。「行動・精神面の健康」という章の冒頭近くに、はっきりとこう書かれています。精神疾患の既往それ自体は、不適格の理由にはならない。重視すべきなのは、いまの心理状態と、ダイビングの負荷にどう対処できそうかという見通しであり、服薬の有無よりも土台にある精神的な健康度のほうが重要だ、とも続きます。

そのうえで手引きは、状態を3つに区分しています。著しくリスクが高く原則として勧めない高リスク、上昇は中等度で場合により許容されうる相対リスク、解決すれば潜れるようになる一時的リスクです。双極性障害は、このうち2つに名前が出てきます。

手引きに挙げられた状態 区分 区分の意味
活動期の双極性障害・大うつ病・精神病性障害高リスク著しくリスクが高いと考えられ、原則として勧められない
パニック発作の既往高リスク同上
双極性障害・大うつ病・精神病性障害の既往相対リスク上昇は中等度。個別に評価し、許容できる場合もある
向精神薬を使用している相対リスク同上
不安症、閉所や広場への強い恐怖相対リスク同上

「活動期」と「既往」で棚が違う、というのがこの表の要点です。手引きはさらに、過去に大きな精神科的問題があった人でも安定していれば個別に検討でき、その判断は潜水医学の訓練を受けた医師が望ましい、としています。

ただし、書きぶりは団体や国によって一致していません。英国の潜水医学委員会は、双極性障害のある人が潜るための条件をかなり具体的に並べています。気分が1年以上安定し、それを精神科の主治医と家庭医が確認していること。気分安定薬を無理なく続けられ、定期的な受診と再発の初期サインへの計画があること。向精神薬は気分安定薬1剤ともう1剤までで、眠気の出ない用量であること。そして潜るために薬を変えないこと。加えて、始めのうちは水深20mまでとし、状態を知っているバディと潜ることを求めています。

同じ委員会の別のページには、より重い型の双極性障害は不適格になりやすい、とも書かれています。基準が一本化されていないこと自体が、この分野の根拠の薄さを映しています。

双極性障害の薬を飲んでいると、ダイビングは無理?

手引きが問題にしているのは、薬の名前そのものより作用のほうです。覚醒度を下げる、眠気を起こす、けいれんの起きやすさを変える——こうした作用のある薬が懸念される、として、ベンゾジアゼピン系や麻薬性の鎮痛薬が例に挙げられています。

抗うつ薬・抗精神病薬については、よくコントロールされている場合でも水中環境での懸念は残る、と書かれています。理由は、集中力が落ちること、眠気が出ること、けいれんの起きやすさが変わりうること、そして圧のかかる環境との相互作用を調べたデータがないことの4つ。最後の一点が、この分野の現状をよく表しています。

いっぽうでSSRIについては、条件つきで許容されうると具体的に述べられています。もともとの落ち込みが軽いこと、薬でよく落ち着いていること、1か月以上使って問題になる副作用が出ていないこと、リスクの説明を受けて納得していること。この4つがそろえば、おそらく差し支えない、という書き方です。

気分安定薬については、SSRIと同じ粒度の条件は示されておらず、潜水環境での情報は乏しいのが現状です。少なくともリチウムについて、ダイビング中の使用を直接調べた研究は見当たりません。ここは「安全だと確認されている」でも「危険だと確認されている」でもなく、調べられていないという状態です。

実務的な注意をひとつ。リチウムのように、脱水や下痢で体内の濃度が変わりやすい薬があります。腎臓での水の扱いに影響する仕組みが知られているためです。ダイビングの旅程は、暑さ、発汗、船上での飲食の乱れが重なりやすい環境です。暑い場所での連日の潜水を予定しているなら、旅程を伝えたうえで処方している医師に確認しておいてください。水分は、尿の色が薄くなるように調整するのが目安です。心臓や腎臓の病気で水分の制限を受けている方は、その指示が優先されます。

自己判断で薬を飛ばさないこと

「潜る日だけ休めば眠気は出ない」という発想は、状態を不安定にする方向にはたらきます。英国の委員会が「潜るために薬を変えない」を条件に挙げているのも同じ趣旨です。飲む量や時刻の調整が必要かどうかは、処方している医師に相談してください。時差のある場所へ行くときの服用時刻も、出発前に決めておく項目です。

水中でいちばん困るのは何?

手引きが「パニック発作の既往」を高リスクの側に置くのには、環境上の理由があります。陸上なら、立ち止まる、座る、呼吸を整える、人に声をかけるといった対処がとれます。水中ではその全部がとりにくく、いちばん自然に思える「急いで浮上する」が別の危険を呼び込みます。落ち着ける場所が近くにない、という点が本質です。

では、パニックはどれくらい事故に関わっているのか。ここも数字は頼りになりません。1990年代の総説は、米国で年間10万人あたり3〜9人のダイバーが亡くなると見積もったうえで、その多くにパニックが関わっているという見方が広く共有されている、と述べています。ただしこれは専門家の合意であって、割合を測った結果ではありません。実際、2018年に世界で集められた189件の死亡例のうち、詳しく調べられた55件でパニックと記録されたのは1件で、直接の引き金が特定できなかった例が3分の1を超えていました。

薬の側から見た数字もあります。オーストラリアで2001年から2013年の検死記録を後ろ向きに調べた研究では、亡くなったダイバー126人のうち向精神薬を使っていた人が約1割で、比較対象とされた、持病を申告している現役ダイバー268人の集団より有意に高い割合でした。ただしこの2つの集団は条件をそろえて比べたものではなく、薬や病気が事故の原因だと示す研究ではありません。

数字より確かなのは順番のほうです。気分の波の入口では自己評価そのものが当てにならなくなる。だから当日の判断を自分の感覚だけに預けず、事前に決めた基準と同行者の目に預ける設計が要ります。睡眠のリズムの乱れが気分の波の引き金になることは広く知られていますが、早朝集合、移動、時差、連日の本数と、ダイビングの旅程はそこが崩れやすい構造です。潜ること自体より、旅程の組み方のほうが影響する場合があります。

日本では、精神面の適性はどう扱われている?

意外に思われるかもしれませんが、日本の法令には、ダイバーの精神面を調べる項目がありません。仕事として潜る人に義務づけられている高気圧業務の健康診断は、既往歴と業務歴の調査、関節や腰の症状、四肢の運動機能、鼓膜と聴力、血圧と尿、肺活量の6項目で、精神面の検査は含まれていません。

レジャーのダイビングには、そもそも公的に義務づけられた検査の仕組みがありません。国内の潜水医学の学会でも、潜水前の健康状態がほとんど確認されていない現状が課題として共有されてきました。そのためレジャーダイビングの現場では、翻訳されたあの参加者チェックシートが、精神面を確認する主要な入口になっています。日本語版は2022年2月1日付のものが使われています。だからこそ、E欄の「未治療」という訳語ひとつが効いてしまう。治療を続けている人が「自分は未治療ではない」と読んで、7番の該当を見落とす——日本で起きやすいのは、この形の行き違いです。

よくある誤解|「落ち着いているなら書かなくていい」

いちばん多い読み違いが、これです。前の節のとおり、表面の7番は現在治療中の人も、過去5年以内に治療が必要だった人も該当させます。安定していることは、書類上で該当しない理由になりません。

逆向きの誤解もあります。「はい」を付けた時点で終わりだ、という思い込みです。これは医師の評価に進むための分岐であって、判定ではありません。オランダで専門家の委員会に判断が委ねられた291件では、精神科の病気が理由だったものが約1割を占めていました。循環器・呼吸器・神経に次ぐ数で、珍しい相談ではありません。

三つめ。「一度診断書をもらえば、あとは自由に潜れる」。書類はその時点での評価であって、その日の体調を保証しません。眠れていない日、薬が変わった直後、気分の波を説明しにくい日は、書類の有無と関係なく見送る判断が要ります。

明日からどうするか

順番に並べます。書類が手元にある方も、これから講習を申し込む方も同じです。

  • 先に用紙を手に入れる。ショップや指導団体に、参加者チェックシートを依頼します。団体ごとに配っている版が違うので、用紙に印刷された版の日付も確認しておくと話が早くなります
  • 7番と10番を自分で確かめる。この2問に該当するかどうかで、医師の評価が要るかが決まります。E欄の「未治療」という言葉だけを見て判断しないこと
  • 主治医(精神科)にその用紙を見せる。ここが出発点です。診断名を伝えるだけでは足りません。直近の睡眠、気分の波の有無、服薬の変更、最後に不安定になった時期を整理して持っていきます。安定していた期間の長さは、多くの基準で中心に置かれている材料です
  • 身体面の評価と書類の作成は、ダイバー外来で。精神面の評価は主治医によるものが前提です。書類の種類や年齢によっては、心電図や胸部エックス線を含めた身体面の確認を行います(30歳以上の方にはお勧めしています)
  • 旅程を先に設計する。睡眠時間を確保できる日程にする、本数を詰め込まない、体調が普段と違う日は休む、状態を知っているバディとガイドに伝えておく、中止の基準を出発前に決めておく——書類とは別に自分で用意できる安全策です

検査についての注記

検査は、診療上必要と判断した場合に限って行います。検査だけを目的とした受診は保険の対象外です。対応している書類の種類や費用の扱いはダイバー外来のページで確認できます。

日程を見直したほうがよいサイン

次に当てはまるときは、予定を動かすほうが無理がありません。

  • 直近で薬の種類や量が変わった、または変える相談をしている最中
  • 眠れない日が続いている。あるいは睡眠時間が急に短いのに平気だと感じる
  • 気分の波を、自分の言葉で説明しにくい状態が続いている
  • 前回不安定になってから、まだ数か月しか経っていない
  • 主治医に相談しないまま出発日が近づいている

日程が先に決まってしまうと、書類も評価も間に合わせの作業になります。時間に余裕があるほど、選べる条件は増えます。眠れない状態が続くこと自体が相談の対象になるため、必要なら不眠症の診療もあわせてご検討ください。

よくある質問|双極性障害とダイビング

Q. 双極性障害があると、ダイビングはできませんか?

診断名だけで決まる仕組みにはなっていません。国際共通の参加者チェックシートが名指ししているのは「薬物療法または精神科治療を要する、コントロールされていない双極性障害」で、日本語版では「未治療の双極性障害」と訳されています。2026年の系統的レビューも、症状が消えているかどうかより、生活の機能が安定して続いていること、治療を続けられていること、自分の変化に気づけることを優先すべきだとしています。ただしそのレビュー自身が、実際に潜ったときのデータは乏しく専門家の意見に頼らざるを得ないと述べています。最終的には、治療を担当している精神科の主治医が、安定の持続や再発のリスクを評価することが前提です。当院のダイバー外来は、その評価をふまえた身体面の確認と書類作成を担当します。

Q. 治療が落ち着いていれば、書類に「はい」を付けなくてよいですか?

いいえ。表面の7番は、現在治療中の人も、過去5年以内に治療が必要だった人も該当する書き方になっています。落ち着いていても「はい」になります。「はい」は不合格の印ではなく、医師の評価に進むための分岐です。処方薬を飲んでいる場合は10番でも該当するため、いずれにしても評価の対象になります。

Q. 潜る日だけ薬を休んでもよいですか?

自己判断で飛ばさないでください。服薬を抜くことは状態を不安定にする方向にはたらきます。英国の潜水医学委員会も、潜るために薬を変えないことを条件のひとつに挙げています。またリチウムのように、脱水や下痢で体内の濃度が変わりやすい薬もあります。暑い場所での連日の潜水を予定しているなら、旅程を伝えたうえで処方している医師に確認してください。

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