Hypercapnia in Rebreather Diving
リブリーザーの二酸化炭素|3人に1人が気づけなかった
資料で学んだだけの15人では、3人に1人が危険な水準まで気づけませんでした。40人の無作為化試験が映す、自覚の限界と備え方。
深さ50メートルの沈船で、予定の時間を少し過ぎている。流れが強く、いつもより脚を使っている。ループの呼吸がわずかに重い気がするけれど、水温のせいかもしれない。頭の奥が少し鈍い。——リブリーザーの二酸化炭素がやっかいなのは、まさにこの場面で「二酸化炭素かもしれない」と思いつく力そのものも、削られていくことがあるところにあります。
吐いた息を再び吸う閉鎖式の機材では、二酸化炭素を吸収剤(スクラバー)で取り除いています。取り切れないとき、あるいは自分で十分に吐き出せないとき、体の中に二酸化炭素がたまります。これが高二酸化炭素血症(ハイパーカプニア)です。判断力が鈍り、息が苦しくなり、高い濃度の酸素を吸っているときにけいれんを起こす危険も高まります。2026年に潜水医学の専門誌に載った試験は、この状態に「自分で気づけるのか」を正面から確かめにいきました。
水中で異変を感じたとき。
息が上がって収まらない、頭が重い、視界や考えがぼんやりする——これらに気づいたら、運動をやめ、バディに合図し、訓練で決めた手順に従って閉鎖回路から離脱(バイルアウト)してください。「もう少し様子を見る」という判断そのものが、すでに影響を受けている可能性があります。
陸に上がったあと。意識がはっきりしない、けいれんを起こした、呼びかけへの反応が鈍い、呼吸がおかしい——この場合は迷わず119番です。反応がなく、普段どおりの呼吸もなければ、通報しながら胸骨圧迫を始めてください。関節や筋肉の痛み・しびれ・力が入らない・めまい・聞こえにくさがある場合は、減圧障害の治療ができる施設へ直ちに連絡を。当院は再圧治療を行う施設ではありません。
この記事の内容
リブリーザーで二酸化炭素がたまるのはなぜ?
原因は大きく2つに分かれます。外から吸い込んでしまう場合と、自分の体から吐き出せなくなる場合です。2023年にマルタで開かれた国際的なリブリーザー会議(Rebreather Forum Four)は、採択した合意文書のなかで、この2つが別々の仕組みであることを訓練で教えるべき知識として名指ししています。同じ「二酸化炭素がたまった」という結果でも、道筋がまったく違うからです。
| 経路 | 体の中で起きていること | きっかけになりやすいもの |
|---|---|---|
| 吸い込む | 吸収剤を通り抜けた二酸化炭素を、そのまま吸ってしまう | 吸収剤の使い切り(破過)、詰め方の失敗、キャニスターへの浸水 |
| 吐き出せない | 換気が足りず、体の中で作られた二酸化炭素が残る | 深いところでのガスの重さ、呼吸の抵抗、水に浸かること自体の負荷、強い運動 |
2017年に潜水医学の総説としてまとめられた整理によれば、後者にはいくつもの要素が重なります。深くなるほど吸っているガスは重くなり、同じだけ吸うのに余計な力が要ります。水に浸かっているだけでも胸には圧がかかります。高い酸素分圧のもとでは、二酸化炭素が上がったときに呼吸を増やす反応が鈍くなることも知られています。そのうえで運動が加われば、作られる二酸化炭素の量そのものが増えます。
極端な例も報告されています。2007年に報告された水深264メートルでの死亡例では、潜降に伴ってガスの密度が上がり、気道を流れるときの抵抗が段階的に増えて、進行性の高二酸化炭素血症から意識を失ったと分析されました。これは1例の症例報告であり、一般のテクニカルダイビングにそのまま当てはめられるものではありません。ただ、深さとガスの重さが呼吸の負担を押し上げる方向は繰り返し指摘されています。
二酸化炭素がたまると、どんな症状が出る?
2026年の試験で、参加者がもっとも強く訴えた症状は息切れ、頭が軽くふらつく感じ、そして自分がどこで何をしているかがあいまいになる感覚の3つでした。これに頭痛、発汗、強い疲労感、手の細かい動作のもたつきが加わることがあります。
厄介なのは2点です。どれも水中では別の理由で説明がついてしまうこと——息切れは流れのせい、ふらつきは寒さのせい、頭痛はマスクの締めすぎのせい。そしてもうひとつ、そう考えている判断そのものが、二酸化炭素の影響を受けているという点です。
さらに、高い酸素分圧で潜っているときには、二酸化炭素の上昇が中枢神経の酸素中毒(水中でのけいれん)の危険を押し上げます。水中でけいれんが起きれば、マスクが外れ、溺水に直結します。二酸化炭素の蓄積が「気分が悪くなるだけの問題」ではないのは、この連鎖があるためです。
一度体験しておけば、本番で気づけるようになる?
ここを確かめたのが、2026年に報告された無作為化比較試験です。
ダイバー40人をくじ引きで2つの群に分け、片方には管理された環境で実際に高二酸化炭素の状態(呼気終末の二酸化炭素分圧8.5キロパスカル)を体験してもらい、もう片方には症状を説明した資料を渡しました。1か月後、参加者は本人に知らせない形で、高二酸化炭素になる条件か通常の条件かに割り当てられます。見たかったのは、8.5キロパスカルに達する前に自分から閉鎖回路を離脱(バイルアウト)できたかどうかでした。
結果はこうです。体験した群は15人中13人(87%)が自分で離脱を始めました。資料だけの群は15人中10人(67%)でした。数字の上では体験した群のほうが多いものの、統計的に有意な差は認められていません。
この結果の読み方
「体験しても意味がない」と示された試験ではありません。参加者が各群15人と少なく、20ポイントほどの開きが本物かどうかを判定するには人数が足りていません。差を検出する力が不足していた、というのが正確な表現です。研究者自身は、適切な監督のもとで高二酸化炭素の感覚に慣れておくことは役に立つ可能性がある、と結論に書いています。同時にこれは実験室で監視下に行われたもので、実際の水中での再現性は確かめられていません。
比較になるのが、同じ研究グループが2025年に低酸素で行った同じ形の試験です。そちらでは、体験した群は20人中18人(90%)が自力で脱出したのに対し、資料だけの群は18人中6人(33%)にとどまり、自力脱出はおよそ3倍多く、統計的に有意な差が認められました。
ただし、これは別の状態を扱った小規模な試験どうしの比較です。この違いだけから「なぜ差の出方が違ったのか」を断定することはできません。言えるのは、少なくとも二酸化炭素については、「一度体験したから本番でも気づける」とは言い切れない結果だったということです。体験を確実な安全策とみなさず、自覚に頼らない設計を組む——次の節で見る個人差のデータも、同じ方向を指しています。
二酸化炭素に気づきにくい人がいる?
この問いに答えを出そうとした古い調査があります。2003年に報告された、イスラエル海軍の新人ダイバーを対象にした後ろ向きの調査です。二酸化炭素を認識する訓練を受けた231人と、受けていない213人を比べました。
気づくことができた吸気中の二酸化炭素分圧の平均は、訓練を受けていない群で4.8キロパスカル、訓練を受けた群で2.9キロパスカル。訓練によって、より低い段階で気づけるようになっていました。ここまでは前向きな結果です。
問題は次でした。訓練を受けた231人のうち、46人は二酸化炭素をためやすい体質で、19人は気づくのが苦手、そして7人はその両方に当てはまりました。その後に行われた酸素を使った潜水で中枢神経の酸素中毒を起こしたのは4人。その4人全員が、この7人の中から出ています。
この調査の性質と限界
これは記録をさかのぼって調べた観察研究で、しかも軍の新人ダイバーという特定の集団の話です。レジャーやテクニカルのダイバーにそのまま当てはめることはできませんし、両方に当てはまったのは7人という小さな集団です。「ためやすく気づきにくい人は危ない」という因果を証明したものではなく、そういう人に事故が偏っていたという観察にとどまります。
1995年に報告された24人の海軍ダイバーの実験もあります。水面と、水深に相当する圧力の両方で運動してもらったところ、二酸化炭素のためやすさの順位は圧力が変わると保たれず、人によっては上にも下にも大きく振れました。「前回は平気だったから今回も平気」という推定が働きにくいということです。
ここから引き出せる実務的な結論は、ひとつだけです。自分が気づける側の人間かどうかは、水中では確かめられません。だから自覚を安全の最後の砦に置かない設計にする——これが、この一連の研究に共通する方向です。
スクラバーの点検をしていれば安心?
機材側の管理は必要です。ただし「点検したから大丈夫」と読み替えられるほど、検出の精度は高くありません。実験報告を並べると、限界のほうがはっきり見えてきます。
- 潜る前の5分間のプリブリーズは、スクラバーの不具合の検出に鋭くないことが2015年に報告されています。とくに、部分的に機能が落ちている状態は水面で見抜きにくく、深いところで問題になり得ます
- 吸収剤の銘柄で持ち時間が変わります。2016年の実験では、同じ機材・同じ運動条件でも、ある吸収剤は別の吸収剤より32%早く破過に達しました
- カートリッジ式が粒状より大幅に優れるという主張は支持されませんでした。2019年の比較実験では、持ち時間・ばらつき・換気圧・浸水後の刺激性のいずれもよく似ていました
- 使いかけの保管は方法で差が出ます。2018年の実験では、真空密封した保管が28日間にわたって性能をよく保ちました。一晩程度であれば保管方法の影響は小さいという結果でした
- 温度センサー(テンプスティック)は条件次第です。2019年の実験では、水深3〜6メートルの条件で13回中11回、破過より前に警告が出ました。ところが水面での運動条件では12回すべてで警告が間に合いませんでした
2023年の国際会議の合意文書も、この点を率直に書いています。吸気側の二酸化炭素モニターやスクラバーモニターには安全上の利点があると認めたうえで、高二酸化炭素血症の原因のいくつかは、それらでは検出できないことがあると明記しました。同じ文書は、呼気終末の二酸化炭素を正確に測る技術の開発を研究の優先課題に挙げ、ガスの密度を表示・警告する仕組みの搭載をメーカーに検討するよう求めています。いま市販されている機材だけでは埋まらない隙間があることを、専門家が公に認めているということです。
「息が苦しくなれば必ずわかる」は本当?
ここが、この記事でいちばん正したい思い込みです。二酸化炭素がたまれば呼吸が苦しくなるので必ず気づく——という前提は、成り立たないことがあります。
2012年に報告された実験では、12人が最大酸素摂取量の85%にあたる強い運動を、条件を変えながら行いました。呼吸に抵抗がかかっている条件では、二酸化炭素が上がっても換気が十分には増えませんでした。呼気終末の二酸化炭素分圧が8.0キロパスカルを超えた試験も3件ありました。呼吸を増やすという体の反応が、抵抗という物理的な壁に押さえ込まれる形です。リブリーザーは口元に回路と吸収剤を抱えた機材であり、この「抵抗」が最初から存在します。
ただし、逆方向のデータも見ておく必要があります。2015年に行われた実地の観察研究では、水深44〜55メートルへの潜水34本について、浮上直後の呼気終末二酸化炭素を測定しました。結果は、潜水の2〜3時間後に測った値と差がなく、目安の上限とした水準を超えたのは34本のうち1本だけでした。減圧のために止まっている安静時には、全体としての二酸化炭素の貯留は見られなかったということです。
2つのデータをどう並べるか
「抵抗が高いと気づけない」と「実際の潜水では貯留していなかった」は矛盾しません。前者は強い運動と高い呼吸抵抗という負荷をかけた実験室の条件、後者は減圧中に静止している場面の測定です。危ないのは深いところで働いているときであって、浮上して待っている時間ではない——という読み方が、いまのところ両者を無理なく説明します。どちらも参加人数の限られた研究で、「リブリーザーは常に危険」とも「実際には問題ない」とも言い切れません。
日本ではどんな基準が置かれている?
日本の労働安全衛生の規則には、高圧環境での二酸化炭素について具体的な数値があります。高気圧作業安全衛生規則は、高圧室内業務に従事している間、作業室と気こう室の炭酸ガスの分圧を0.5キロパスカル以下に保つよう事業者に義務づけています。これは高圧室内業務を対象にした規定で、レジャーのリブリーザーダイビングを直接縛るものではありません。それでも、先ほどの試験が設定した8.5キロパスカルという値が、産業衛生の基準から見てどれほど高いかの目安にはなります。
事故の全体像については、潜水事故の相談を受けている国際的な民間団体が2013年から2022年までの10年分を集計し、2026年に報告しています。認定を受けた閉鎖式リブリーザーのダイバーは推定2,000人から3,000人へ増え、市場に出回っている機材は2万5千台から3万5千台。この10年で確認された死亡は241件、年平均24件で、多くは水深40〜80メートルでの潜水中に起きていました。死亡率は10万ダイブあたり1.8〜3.8件と推定されていますが、報告者自身が「元になるデータが限られている」と断っています。
国内のリブリーザーダイバーの人数や事故を集計した公的な統計は見当たりません。北海道でも技術的な潜水は行われていますが、減圧障害の急患を受け入れられる施設は限られます。搬送先と連絡先は、出発前にしか調べられません。
明日からできること
次に潜る前に、道具の準備と同じ手間でできることを並べます。
- 離脱の基準を、水に入る前に言葉にしておく。「息が上がって1分で収まらなければ離脱する」のように、水中で判断しなくて済む形にします。2023年の合意文書も、閉鎖回路から開放回路へ切り替える弁の利点を認めています(高性能な開放回路が用意されていることが前提です)
- 吸収剤の使用時間を記録し、感覚で持ち越さない。交換・保管・再使用の可否は、使っている機材と吸収剤のメーカー手順に従います。特定の実験での保管結果を、別の機材や吸収剤にそのまま当てはめないでください
- プリブリーズを合格判定に使わない。訓練手順で定められたとおりに実施したうえで、「通ったから安全」ではなく「明らかな異常がなかっただけ」と受け取ってください
- 深さとガスの重さを計画の変数にする。同じ深さでも、混合するガスの組み合わせで呼吸の仕事量は変わります
- 自分の症状の型を、訓練の場で記録する。指導団体・インストラクターの管理下で経験する機会があるなら、そのとき何をどう感じたかを書き残しておきます。危険な状態を自分で作って試すことは絶対に避けてください
- バディと「言う」約束を先にする。息が上がった、頭が重い、といった段階で合図すると決めておきます。判断が個人の中に閉じたときに、対応が遅れます
- 睡眠不足・二日酔い・体調不良の日は潜らない。呼吸の反応も判断力も、その日の状態に左右されます
- 水分は量を固定しない。尿の色が薄くなる程度を目安にしてください。心臓や腎臓の病気で水分の制限を受けている方は、その指示が優先されます
- 陸に上がってからの症状を、自己判断で寝かせない。頭痛・混乱・強い疲労が残るときは早めに医療機関へ。意識障害やけいれんがあれば119番です
ダイバー外来でできること、できないこと
先にできないことを書きます。当院は再圧治療(高気圧酸素治療)を行う施設ではありません。症状が出ている方は、対応できる施設へ直ちにご連絡ください。浸水性肺水腫(IPE)についても、潜る前に発症するかどうかを判定する方法は存在しないため、事前評価はお引き受けできません。機材や訓練の指導も当院の役割ではなく、指導団体・インストラクターにご確認ください。
できるのはその前後です。潜水に適した状態かどうかの評価と各種の書類、血圧・脂質・体重・睡眠中の呼吸といった全身のリスク因子の管理、治療を受けたあとの体調についてのご相談。30歳以上の方には心電図と胸部X線を強くお勧めしています。
検査については、診療上必要と判断した場合に限って行います。検査だけを目的とした受診は保険の対象外です。診療の範囲はダイバー外来に、対応している書式はダイバー外来の提出書類にまとめています。
よくある質問|リブリーザーと二酸化炭素
Q. リブリーザーで二酸化炭素がたまったとき、自分で気づけますか?
気づけないことがあります。2026年に潜水医学の専門誌で報告された40人の無作為化試験では、症状を説明した資料だけを渡された15人のうち5人が、決められた水準に達するまで自分で離脱を始めませんでした。実際に体験した群でも15人中2人が始めていません。二酸化炭素がたまると判断する力そのものが鈍るため、自覚を安全の最後の砦に置かない前提で計画を立ててください。
Q. 一度体験しておけば、本番で気づけるようになりますか?
この試験では、そう言い切れる結果は出ませんでした。体験した群は15人中13人、資料だけの群は15人中10人が自分で離脱を始め、統計的に有意な差は認められていません。同じ研究グループが低酸素で行った同じ形の試験では体験群20人中18人、資料群18人中6人と差がつきました。ただし二酸化炭素については、この試験だけでは体験の効果を確かめられていません。人数が少ないため、体験は無意味だと結論することもできません。危険な状態を自分で作って試すことは絶対に避けてください。
Q. スクラバーの点検をしていれば、二酸化炭素の心配はありませんか?
点検は必要ですが、それだけでは足りません。潜る前の5分間のプリブリーズは、とくに部分的な不具合の検出に鋭くないことが示されています。温度センサーは水深3〜6メートルの条件では13回中11回で破過より前に警告しましたが、水面での運動条件では12回すべてで警告が間に合いませんでした。2023年の国際的な合意文書も、吸気側の二酸化炭素モニターには利点がある一方で、高二酸化炭素血症の原因のいくつかは検出できないことがあると述べています。
気になることや、検査・治療のご希望がある方は
下記から受診予約いただけます
※お電話でのご予約やご相談は承っておりません。
平日:予約優先(混雑時は数時間お待ちいただく場合がございます)|土曜:完全予約制
ゆうしん内科クリニック(札幌市中央区南20条西16丁目2-1)
