Slowing Kidney Decline Without Diabetes
糖尿病のない慢性腎臓病にフィネレノン|腎保護では国内未承認
32か月の試験が示したのは「腎臓が良くなる」ではなく「減り方が少しゆるやかになる」でした。
採血のたびに、腎臓の数値だけが少しずつ下がっていく。糖尿病はない。血圧の薬とたんぱく尿を抑える薬はもう飲んでいる。それでも下がる。主治医からは「このペースなら、まだ何年かは大丈夫です」と言われたけれど、その「何年か」を延ばす手はもう無いのだろうか——薬の名前を検索して、この記事にたどり着いた方が多いはずです。
2026年6月、英国グラスゴーで開かれた欧州腎臓学会(ERA)の年次総会で、まさにその問いに答えようとした試験の結果が報告されました。糖尿病のない慢性腎臓病の方だけを集めて、フィネレノン(商品名ケレンディア)という薬を標準的な治療に上乗せしたらどうなるかを調べた「FIND-CKD」です。同じ日に医学誌ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシンにも掲載されました。
結論を先に書くと、試験は目標を達成した。けれど日本では、糖尿病のない方にこの薬を使うことは、いまも承認された使い方ではありません。この二つのあいだにある距離を、数字と制度の両面から整理します。
この記事の内容
FIND-CKDは誰に何をした試験か
まず、どういう性質の研究なのかをはっきりさせておきます。FIND-CKDはくじ引きで薬か偽薬かを割り当て、患者にも担当医にも中身を知らせずに行った第3相試験です。効果を確かめる方法としては、いちばん信頼性が高い形にあたります。前後の比較でも、飲んだ人と飲まなかった人を後から見比べた研究でもありません。
参加したのは24か国の1,584人。条件はかなり絞り込まれています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象 | 糖尿病のない慢性腎臓病の成人 1,584人(薬793人・偽薬791人) |
| 腎機能 | eGFR 25以上90未満(平均46.7) |
| 尿の状態 | 尿アルブミン/クレアチニン比 200〜3,500 mg/g(中央値819) |
| 主な原因 | 慢性糸球体腎炎57.0%(うちIgA腎症が全体の26.3%)/高血圧性・虚血性腎症29.0% |
| もとの治療 | RAS阻害薬(血圧と尿たんぱくを抑える薬)を最大限まで使っていることが参加条件。SGLT2阻害薬は16.9% |
| 調べたこと | フィネレノン10mgまたは20mgを上乗せし、32か月間のeGFRの下がり方を比較 |
ここで見落とせないのが最後から二行目です。参加者はほぼ全員、すでにRAS阻害薬を飲んでいました。つまりこの試験が答えたのは「フィネレノンは効くか」ではなく、「標準治療をきちんとやっている人に、さらに上乗せする価値があるか」という、一段ハードルの高い問いです。
逆に、この試験に含まれなかった方もいます。eGFRが25未満の方、多発性のう胞腎の方、ループス腎炎やANCA関連血管炎の方、半年以内に免疫抑制療法を必要とした腎臓病の方は対象外でした。さらに参加できたのは、検査時点で血清カリウム値が4.8以下だった方に限られます。もともとカリウムが高めの方は最初から入っていない——この前提は、後半の副作用の数字を読むときに効いてきます。結果をそのまま当てはめられる範囲は、思ったより狭いということです。
腎機能の低下はどれくらいゆるやかになったか
主要な評価項目は、32か月かけてeGFRが1年あたり何ずつ下がるかという「傾き」でした。1回の検査値ではなく、下り坂の角度そのものを見にいった設計です。
| 1年あたりのeGFR低下 | 結果 |
|---|---|
| フィネレノンを上乗せ | −3.3 |
| 偽薬 | −4.0 |
| 差 | 0.7(統計的に有意な差) |
1年で0.7という数字は、単独で見れば小さく感じられます。ただし腎臓病は年単位で積み上がる病気です。年間の傾きの差0.7が同じペースで続くと単純計算すれば、試験期間の32か月=約2年8か月でおよそ1.9に相当します(あくまで傾きからの換算です)。この差が10年、20年と続いたときに透析までの時間をどれだけ延ばせるのかは、この試験の期間内では確かめられていません。傾きから将来を推し量っている段階だという点は、押さえておく必要があります。
腎不全や心不全は減ったのか
患者にとって本当に知りたいのは傾きより「その先」でしょう。試験では、腎不全になる・eGFRが57%以上下がったまま戻らない・心不全で入院する・心臓や血管が原因で亡くなる——この4つをまとめて数えた指標も調べられました。
結果は、フィネレノンを上乗せしたグループのほうがおよそ2割少ないというものでした。ただし「2割減」という相対的な表現だけでは実感が湧きませんし、大きく見えすぎます。絶対的な数字で見ると、こうした出来事が起きた方はフィネレノン群で13.9%、偽薬群で16.9%。100人が約3年間飲み続けて、3人ほど少なくなるという差です(治療期間の中央値は36.6か月でした)。全員に大きな利益が出るのではなく、集団としてわずかに前へずれる、という受け止め方が実像に近くなります。
内訳の注意点
まとめて数えた指標で差が出ても、内訳のすべてで差が出たわけではありません。この試験では腎臓に関する部分が結果を主に牽引しており、心臓や血管に関する部分だけを取り出すと、はっきりした差とは言えませんでした。「心臓にも効く」と読み替えるのは行きすぎです。
この試験だけで判断しないための材料もあります。2026年、フィネレノンの3つの大規模試験(糖尿病のある方を対象としたFIDELIO-DKD・FIGARO-DKDと、今回のFIND-CKD)の参加者14,574人分を一人ずつのデータとして統合しなおした解析が医学誌ランセットに報告されました。そこでは腎臓に関するまとめた指標が約24%少なく、しかもその効果は糖尿病の有無・腎臓病の原因・もとのeGFR・SGLT2阻害薬を使っているかどうかにかかわらず、おおむね一貫していたと報告されています。対象者数が増えるぶん推定の精度を補う材料になりますが、試験ごとの対象の違いを踏まえて読む必要はあります。
もう一段細かい話として、高血圧性腎症の方459人に絞った追加解析も2026年に報告され、こちらでも低下のペースが同じ方向に動き、6か月の時点で尿アルブミンが約33%減っていました。ただしこれは全体の一部を切り出した解析であり、あらかじめ主目的として設計されたものではありません。この種の解析は都合のよい結果が出やすいため、参考の域を出ないものとして扱います。
「腎臓が良くなる薬」という誤解
ここが、この話でいちばん誤解されるところです。「腎臓に効く新薬」と聞くと、飲めばeGFRの数字が上がって戻ってくる薬を想像しがちですが、そうではありません。
FIND-CKDで示されたのは、下がり方が1年あたり4.0から3.3へゆるやかになったということです。フィネレノンを飲んだ人のeGFRも、平均としては下がり続けています。方向は同じで、傾きが少し寝ただけです。腎臓病の薬の多くはこの性質を持っていて、「治す」より「時間を稼ぐ」に近い働きをします。
もうひとつ。この系統の薬では、飲み始めてしばらくの間にeGFRの数値が一時的に下がって見えることがあります。試験でも、開始直後の変化とその後の変化を分けて解析する方法がとられました。数字が少し下がったからといって、すぐ「悪化した・合わなかった」と決まるわけではない、という点は知っておいて損がありません。判断は経過を見ている医師に委ねてください。
日本でフィネレノンは使えるのか
ここから制度の話になります。日本で承認されているフィネレノンの効能・効果は「2型糖尿病を合併する慢性腎臓病(末期腎不全または透析中の方を除く)」と「慢性心不全」の二つです。
読み替えると、糖尿病のない慢性腎臓病に対してこの薬を使うことは、日本では承認された使い方ではありません。心不全があれば別の理由で使われることはありますが、それは腎臓を守る目的での処方とは別の話です。当院では、糖尿病のない慢性腎臓病に対するフィネレノンの処方は行っておらず、個人輸入などの入手方法についてもご案内していません。承認の内容が今後変わるかどうかは、現時点では分かりません。
ただし、これは「日本では打つ手がない」という意味ではまったくありません。むしろ逆です。
日本ですでに使える、糖尿病を問わない選択肢
日本ではSGLT2阻害薬が、2021年8月(ダパグリフロジン)と2023年(エンパグリフロジン)に、糖尿病の有無を問わない慢性腎臓病への適応を取得しています。使える条件はeGFR 25以上・尿アルブミン/クレアチニン比200 mg/gCr以上が基本で、これはFIND-CKDの参加条件とほとんど重なります。
ここが実務上いちばん大事な点です。FIND-CKDの参加者のうち、SGLT2阻害薬を使っていたのは16.9%だけでした。裏を返せば、参加者の8割以上は、日本ならすでに保険で使える腎臓を守る薬を使わないまま試験に入っていたことになります。糖尿病のない慢性腎臓病では、承認外のフィネレノンを検討する前に、国内で承認されているこの薬が自分に当てはまるかを主治医と確認するのが現実的です。詳しくはSGLT2阻害薬とCKDの腎保護で整理しています。
なお日本の慢性腎臓病の推計患者数は約1,480万人で、20歳以上のおよそ7〜8人に1人にあたります(CKD診療ガイドライン2023)。決してまれな病気ではなく、だからこそ、承認された治療をきちんと積み上げる価値があります。慢性腎臓病(CKD)もあわせてご覧ください。
高カリウム血症と採血の話
この薬を語るときに外せないのが、血液中のカリウムが上がるという副作用です。FIND-CKDで最も多かった副作用がこれで、カリウムが高くなった方はフィネレノン群793人中135人(17.0%)、偽薬群791人中105人(13.3%)でした。100人あたり4人ほど多い計算になります。
- カリウムが原因で入院に至った方は、フィネレノン群7人(0.9%)・偽薬群5人(0.6%)でした
- カリウムのために薬をやめた方は、フィネレノン群12人(1.5%)・偽薬群1人(0.1%)でした
- 国内の添付文書では、重大な副作用としての高カリウム血症の頻度は8.1%とされています
ただし先に触れたとおり、この試験に参加できたのはもともと血清カリウム値が4.8以下だった方だけです。カリウムが上がりやすい方をあらかじめ除いたうえでこの頻度だった、という点は差し引いて読む必要があります。
日本での使い方も、この点を前提に細かく決められています。開始時に血清カリウム値が5.5を超えている方には使えません(禁忌)。原則として4.8以下の方から開始し、開始4週後にカリウムとeGFRを測り、その後も定期的に測ることが求められています。RAS阻害薬やカリウム保持性利尿薬など、カリウムを上げやすい薬との併用にも注意が必要です。
採血についての考え方
こうした採血は、薬を使う判断や続ける判断のために診療上必要と判断した場合に限って行うものです。検査を受けること自体を目的とした受診は保険の対象外になります。すでに他院で治療を受けている方は、まずその主治医にご相談ください。
上乗せの薬より先に確認したい土台
FIND-CKDが「RAS阻害薬を最大限まで使っていること」を参加条件にしていた事実は、そのまま順序を示しています。上乗せの薬の話ができるのは、土台が積み上がっている人だけです。土台は地味ですが、効果の確からしさでは新薬に劣りません。
- 血圧を適切に管理する——腎臓を守る治療の重要な土台です(高血圧の診療)
- 尿たんぱく・尿アルブミンを減らす——RAS阻害薬が中心になります
- 塩分を見直す——減塩は血圧と尿たんぱくの両方に効きます
- 痛み止めの連用をやめる——市販薬も含め、続けて飲む前に必ずご相談ください
- 脱水を避ける——発熱や下痢のときは特に注意が必要です
- eGFRを1点ではなく変化の速度で見る(eGFRと腎機能検査)
糖尿病・高血圧・痛風といった生活習慣病が腎臓に与える影響については、生活習慣病とCKDで詳しく整理しています。
明日からどうするか
この記事を読んだあと、実際に手を動かせることを並べます。
- 過去の検査値を時系列に並べる。直近だけでなく3〜5年分のeGFRを並べ、1年あたり何ずつ下がっているかを自分で計算してみます。FIND-CKDの差が0.7だったことを思い出すと、自分の下り坂の角度が持つ意味が見えてきます
- 尿の検査結果も一緒に見る。尿たんぱくや尿アルブミンの値は、腎臓の傷み具合と将来の進み方の両方を映します。eGFRだけを追わないでください
- 家庭で血圧を測って記録する。朝晩の値を2週間分そろえてから受診すると、薬の調整の精度が変わります
- 市販の痛み止めの使用状況を書き出す。頭痛薬や腰痛の薬を週に何回飲んでいるかを、次の受診でそのまま伝えます
- 現在の治療と、承認された薬の適応を確認する。SGLT2阻害薬やRAS阻害薬が自分に当てはまるかどうかを、主治医に率直に質問してください
- 承認外の入手を検討しない。個人輸入で手に入れた薬は、カリウムの管理も副作用が出たときの対応も誰も担保しません
次のような状態のときは、次回の予約を待たずに相談したほうが選択肢が残ります。むくみが急に増えた、尿の量が明らかに減った、尿が泡立つようになった、血圧が家庭で測っても下がらない、だるさや吐き気が続く、市販の痛み止めを毎日のように飲んでいる。いずれも、腎臓の状態が動いているサインのことがあります。
よくある質問|糖尿病のない慢性腎臓病とフィネレノン
Q. 糖尿病はありませんが、フィネレノンを処方してもらえますか?
日本で承認されている効能は「2型糖尿病を合併する慢性腎臓病」と「慢性心不全」の二つで、糖尿病のない慢性腎臓病に腎保護の目的で使うことは承認された使い方ではありません。当院ではこの目的での処方は行っておらず、個人輸入などの入手方法もご案内していません。糖尿病がない方でも、SGLT2阻害薬は2021年から糖尿病の有無を問わず慢性腎臓病に使えますので、まずそちらが自分に当てはまるかを主治医にご確認ください。
Q. 試験で腎臓は良くなったのですか?
良くなってはいません。2026年に報告されたFIND-CKDで示されたのは、eGFRの下がり方が1年あたり4.0から3.3へゆるやかになったという結果で、方向は同じまま傾きが少し寝ただけです。腎不全や心不全などをまとめて数えた指標は13.9%対16.9%とおよそ2割少なくなりましたが、これは100人が約3年飲んで3人ほどの差という規模で、しかも差の大部分は腎臓に関する部分によるものでした。長期に透析までの時間をどれだけ延ばせるかは、この試験の期間内では確かめられていません。
Q. 高カリウム血症が心配です。どう管理するのですか?
試験ではカリウムが高くなった方がフィネレノン群17.0%、偽薬群13.3%で、100人あたり4人ほど多い計算でした。日本では、開始時の血清カリウム値が5.5を超えている方には使えず、原則として4.8以下の方から始め、開始4週後にカリウムとeGFRを測り、その後も定期的に測ることが求められています。こうした採血は診療上必要と判断した場合に限って行うもので、検査を受けること自体を目的とした受診は保険の対象外です。
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