耳の手術後のダイビングは一律禁止?根拠を洗い直した結果

Fitness to Dive After Ear Surgery

耳の手術後のダイビングは一律禁止?根拠を洗い直した結果

見るべきは手術の名前ではなく、術後の安定と圧力を合わせる力だと整理されました。

「傷はきれいに治っていますよ」。そう言われて通院が終わったのに、久しぶりにダイビングの話を持ち出したとたん、空気が変わる。「潜るのはやめておいたほうがいいですね」。理由をくわしく説明されないまま、ログブックが何年も止まったままになっている——耳の手術後のダイビングをめぐって、こうした行き止まりは珍しくありません。

止まる理由ははっきりしています。「潜っても大丈夫」と言い切れる材料が、これまで手元になかったからです。判断を支える根拠が乏しければ、安全側に倒して「やめておきましょう」と答えるのが自然な対応になります。

2026年、潜水医学の専門誌 Diving and Hyperbaric Medicine に、その手元の材料そのものを点検した総説が載りました。耳の手術のあと潜ってよいかどうかについて、いま何がどこまで分かっているのかを集めて地図にし、判断の道筋を作ろうとしたものです。この記事では、その総説と、前年に別の専門誌へ出た独立した検討、さらにダイバーの耳を実際にのぞいて確かめた研究を突き合わせて、「一律に禁止」という扱いがどこまで妥当なのかを整理します。

先にお断りします。この記事は、公表された報告を紹介するものであって、個々の方が潜れるかどうかを判定するものではありません。耳そのものの評価と可否の判断は耳鼻咽喉科の領域です。手術を受けた医療機関、または耳鼻咽喉科でご確認ください。

耳の手術後のダイビングで、耳に何が起きる?

鼓膜の内側には、中耳という空気の部屋があります。この部屋が外の空気とやりとりできる経路は、耳管(鼻の奥へつながる細い管)ただ一つです。潜降して周囲の水圧が上がると、中耳の空気は圧縮されて体積が減り、鼓膜は内側へ引き込まれます。耳管を開いて空気を送り込み、内と外の圧力を合わせる操作が耳抜きです。

やっかいなのは、同じ深さだけ潜ったときの圧力と空気の体積の変化の割合が、深い場所ではなく水面の近くでいちばん大きいという点です。空気の体積は圧力に反比例します。水面から水深10mまで潜ると体はおよそ2倍の圧力を受け、中耳の空気の体積は半分になります。ところが10mから20mまで、同じ10mを潜っても体積は3分の2までしか減りません。つまり同じ10mでも、最初の10mのほうが耳にとってははるかに厳しいということです。

耳の手術は、この仕組みのどこかに手を入れています。鼓膜そのものを作り直す、音を伝える耳小骨を人工の部品に置き換える、耳の奥の骨を削る、内耳との境目にあるアブミ骨に触れる——いずれも、圧力に対する耳のふるまいを変えうる操作です。だから慎重に扱われてきました。

数字を一つ挙げます。2025年に潜水医学の専門誌 Undersea and Hyperbaric Medicine に出た検討では、手術を受けていない正常な鼓膜であっても、耳抜きをまったくしないまま潜ればおよそ35キロパスカル、水深にしておよそ3.5m相当の圧力差で鼓膜が破れうると見積もられています。これは生きた人で確かめた数字ではなく、圧力をかけた側頭骨の標本を使った試験や、解剖と生理からの推定です。それでも、耳のトラブルがプールの底ほどの深さでも起こりうることは伝わります。

2026年の総説は、何をどこまで調べた?

この総説が採った方法は、スコーピングレビューと呼ばれるものです。ある問いについて「どんな種類の根拠が、どれだけ存在するのか」を地図のように描き出す手法で、新しく参加者を集めて何かを試した研究ではありません。

集められた記録は324件。重複の除去と選別を経て、40件が分析の対象になりました。内訳は、少数の症例報告と症例集積、圧力室(高気圧チャンバー)を使った実験、学会や団体の手引き、そして人工内耳メーカーが公表している製品仕様です。ここが肝心な点で、総説自身が「根拠のほとんどは、比べる相手を置かない研究だった」と述べています。手術を受けた人と受けていない人を同じ条件で前向きに追跡し、結果を比べた研究は、実質的に存在しません。

そのうえで示された結論は、次のようなものでした。手術を受けたという経歴そのものよりも、術後の状態が安定していることと、圧力を確実に合わせられることを見るべきである。いまある根拠は「すべての耳の手術について一律に潜水を禁止する」という扱いを一貫して支えてはいない。ただし一部の状況については、はっきり制限すべきである——。

この総説の限界

集めた根拠の質そのものは、総説の結論によって上がるわけではありません。もとになった報告は数が少なく、対照を置いた研究がほとんどないため、術式ごとの推奨を確定できる段階にはありません。総説自身も、今後は前向きの登録研究と、結果の報告の仕方を揃えることが必要だと述べています。「一律禁止は根拠が薄い」ことと「潜って安全だと証明された」ことは、まったく別の話です。

術式によって、潜水の扱いはどう違う?

手術 報告での扱われ方
外耳道の後ろの壁を削り落とす手術(真珠腫などに対する乳突削開術のうち canal wall down)複数の文献で一致して潜水に向かないとされる
壁を残す方式の乳突削開術(canal wall up)削り落とす方式とは扱いが分かれる
鼓膜を作り直す手術・耳小骨に手をつけない鼓室形成術完全に治り、鼓膜の動きが戻っている選択された例では手術を受けていない耳と同程度とする報告がある(裏づけとなる臨床データは限られる)
耳小骨を人工の部品で置き換える手術アブミ骨を残す部分置換と、置き換える全置換とで区別されている
アブミ骨手術平衡機能を含む術後評価が良好な選択例では同程度とする報告がある(裏づけとなる臨床データは限られる)
人工内耳条件つき。機種ごとの耐圧・水深の上限に判断が左右される

前年の Undersea and Hyperbaric Medicine の検討は、耳小骨の置き換えについてもう少し細かく踏み込んでいます。アブミ骨を残す部分置換なら手術を受けていない耳と同程度とする一方、アブミ骨まで置き換える全置換では、標本試験と解剖・生理にもとづく推定としておよそ25キロパスカル、水深にして2.5m相当というより小さい圧力差で再建した構造に影響が生じうるとし、はっきり区別しています。生きた術後の患者で安全の限界を確かめた数値ではありません。

一方、真珠腫性中耳炎のために外耳道の後ろの壁を削り落とす手術については、ここで取り上げた2つの文献がいずれも潜水に向かないとしています。2026年の総説は、集めた文献の中でもこの点だけは扱いが一貫していたと述べています。壁を残す方式とは評価が分かれます。アブミ骨手術については、めまいの検査を含めた平衡機能が良好な選択例で手術を受けていない耳と同程度とする報告がありますが、術後の安全性を直接確かめた臨床研究は限られています。

人工内耳は事情が違います。体内に機器が埋め込まれているため、判断はメーカーが公表している耐圧・水深の上限に左右されます。実際、公式の製品説明で最大水深を40mや42m(4気圧相当)としている機種がある一方、20mまでとする案内が出ている機種もあります。総説が「条件つき」と表現したのはこのためで、機種ごとの仕様を確かめないまま一般論で語ることはできません。しかもこれは機器が壊れない深さであって、潜ってよいという医学的な許可ではありません。

この表を、そのまま自分に当てはめないでください

これらの評価は、圧力をかけた標本の試験や、解剖と生理からの推定に立っています。その検討の著者自身が「手術後の圧外傷について、根拠となる臨床研究は見当たらなかった」と明記しています。加えて、同じ名前の手術でも、どこまで手を加えたか、耳管の働きが戻っているか、治り方はどうかは一人ひとり違います。表の分類は、執刀した医師と話を始めるための出発点であって、結論ではありません。当院が術式から潜水の可否を判断することはありません。

耳が痛くなければ、耳抜きはうまくいっている?

ここに、術後の耳を扱ううえで見落とされやすい点があります。痛みは、耳の中で起きていることの目安として当てになりません。

2016年に耳科学の専門誌 Otology & Neurotology へ出た前向きの観察研究は、レクリエーションダイバーの耳を潜水の前後で繰り返しのぞいて確かめたものです。参加者は全員、開始の時点で鼓膜が正常で、耳抜きも問題なくできていた人たちでした。436本のダイビングと、のべ1,161件の観察を分析したところ、最終の診察の時点で36.5%——およそ3人に1人強——の耳に、中耳の圧外傷にあたる所見が見つかりました。所見は1日に潜る本数が増えるほど、また潜る日数が重なるほど多くなっていました。

そしてこの研究がはっきり示したのは、所見の重さと自覚症状が対応していなかったという点です。痛くも痒くもないまま、鼓膜に変化が起きていた人がいたということになります。

2021年に1,881人のダイバーへ行われたアンケート調査でも、81%が中耳の圧外傷を経験したことがあると答えました。経験ともっとも強く結びついていたのは、耳抜きがうまくいきにくいことでした。ただしこの調査は回答率が27%で、経験のある人ほど答えやすかった可能性があります。回答しなかった人の状況は分からないため、この81%をダイバー全体の割合とみなすことはできません。

いずれも観察にもとづく研究であり、何かをすれば圧外傷が減るという因果を示したものではありません。それでも、「痛みが出なかったから耳は無事だった」という判断が当てにならないことは、術後の耳を扱ううえで押さえておく価値があります。手術を受けた耳では、自覚に頼らず、耳鼻咽喉科で実際に見てもらうほうが確実です。

ダイビング再開を検討するとき、何が確認される?

公表されている報告と手引きが共通して挙げているのは、次のような項目です。

  • 手術からの経過と、傷が完全に治っているか
  • 鼓膜の状態と動き(鼓膜の動きを調べる検査で確かめます)
  • 両側で、確実に、繰り返し圧力を合わせられるか。片側だけ抜けにくい状態は要注意です
  • めまいの有無と平衡機能
  • 聴力の程度と左右差
  • 耳管の働き(鼻やのどの状態を含みます)
  • 人工内耳の場合は、機種ごとに定められた耐圧・水深の上限

このうち耳そのものの評価と可否の判断は、耳鼻咽喉科の領域です。当院では耳の手術も、術後の耳の評価も行っていません。手術を受けた医療機関、または耳鼻咽喉科での確認が前提になります。

当院のダイバー外来が担うのは、耳鼻咽喉科の評価を受けたうえでの全身面——心臓・呼吸・服薬・持病の状態——の確認と、指導団体や渡航先へ提出する書類の作成です。なお検査は診療上必要と判断した場合に限って行うもので、検査だけを目的とした受診は保険の対象外となります。

聞こえにくさがあるとき、水中の合図はどう決める?

総説が、術式の話とは別に実務上の論点として挙げたのが、聞こえにくさがある場合の水中での意思疎通です。

水中では声が使えないため、ダイバーはもともと手信号に頼ります。ただし実際には、タンクを叩く音やガイドが鳴らす音の合図なども併用されています。聞こえにくさがあると、これらが届かないことがあります。

そのため、潜る前に次の点を決めておくことが安全に直結します。手信号の内容をバディとガイドで揃えておくこと。緊急時の合図を音以外の手段——ライトの動かし方、体に触れる合図、水中で書けるスレート——で用意しておくこと。バディへ自分の状況を伝え、視界に入る位置を保ってもらうこと。エントリー前の説明で聞き取れなかった部分は、その場で確認しておくこと。

これは研究のデータというより、総説が実務上の注意として書き添えた事項です。

日本では、ダイビングの健康チェックをどう扱っている?

日本の制度は、仕事として潜る人と趣味で潜る人とではっきり分かれています。仕事として潜る場合に適用されるのが、労働安全衛生法にもとづく高気圧作業安全衛生規則です。事業者は労働者に対し、雇い入れのときと配置替えのとき、その後は6か月以内ごとに医師による健康診断を行う義務があり、その項目に「鼓膜及び聴力の検査」が明記されています。さらに同じ規則は、メニエル氏病や中耳炎など耳管の狭さくを伴う耳の病気にかかっている人について、医師が必要と認める期間は高気圧業務への就業を禁止すると定めています。日本の法令が耳と潜水を直接結びつけているのは、この2か所です。

ただしこれは雇用関係のある潜水業務に向けた規定で、趣味のダイバーに法律上の健康診断の義務はありません。趣味の側で入口になっているのは、指導団体が共通して使っている参加者向けのチェックシートです。日本語版にも耳の項目があり、「耳の疾病があります。または耳の手術を受けました。あるいは、聞こえにくい、もしくは平衡感覚に問題があります」という一行に該当すると、医師の評価を受けたうえでなければ講習や体験ダイビングに進めない仕組みになっています。耳の手術歴があれば、ここで必ず立ち止まることになります。

国内の学会では、耳鼻咽喉科の観点を踏まえた潜水適性の基準づくりが学術集会で議論されてきましたが、確定した公式の指針として整備されるには至っていません。議論の中には、鼓膜に穴が空いていなくても中耳炎の既往で薄くなった鼓膜は潜水に適さない、鼓膜の動きを調べる検査の結果によっては耳管の働きを別に評価する必要がある、といった具体的な提案が含まれています。問診で確かめるべき項目として、中耳・内耳の手術歴も挙げられています。

もう一つ、向きの違う指摘もあります。職業潜水を扱った国内の総説は、耳や副鼻腔の手術後については気圧外傷と機器の破損の可能性から、高気圧下での就労は困難と判断されると述べています。2026年の総説が示した「一律禁止は根拠が薄い」という整理と、日本の職業潜水の運用は、必ずしも同じ方向を向いていません。見ている対象が違うためです。職業潜水では法令にもとづく就業の可否と、業務を続けられるかどうかが評価されます。一方、2026年の総説が主に整理したのは趣味のダイビングの潜水適性で、判断の目的も対象も異なります。趣味のダイビングの基準を仕事にそのまま当てはめることも、その逆も成り立ちません。

明日からどうするか

耳の手術を受けていて、また潜りたいと考えている場合、順番に進められることがあります。

  • 手術の記録を手元に集める。術式の正式な名称、実施日、執刀した医療機関がわかる書類です。「耳の手術を受けた」という情報だけでは、どの分類にあたるかを誰も判断できません。人工内耳を使っている場合は、機種名と型番のわかるカードや説明書も揃えます
  • 執刀した医師に「潜水を検討している」と明示して相談する。日常生活に支障がないかどうかと、水圧をかけてよいかどうかは、別の問いです。診察で潜水の話が出ていなければ、後者は評価されていません
  • 耳鼻咽喉科で、鼓膜の状態と動き、両側で確実に耳抜きができるかを確認してもらう
  • 陸上での耳抜きの確認は、耳鼻咽喉科の評価とあわせて。鼻をつまんで軽く息を送る操作が両耳で毎回痛みなくできるかは判断材料になりますが、強く力を入れる操作を自己判断で繰り返さないでください。片側だけ抜けにくいまま潜らないでください
  • 再開が認められたら、条件は評価した医師の指示に従う。圧力と体積の変化の割合がもっとも大きいのは水面の近くです。潜降のスピードを落とし、痛みが出る前にこまめに耳抜きをします。浅ければ安全という意味ではありません
  • 再開直後は本数を欲張らない。1日の本数と日数が重なるほど所見が増えるという観察があります。間隔をあけて様子を見てください
  • 全身面の確認と書類の作成は、耳鼻咽喉科の評価が出てから。順番を逆にすると、書類だけ整って肝心の判断が抜けることになります

潜水中に耳の異変が出たら、どうする?

次のような場合は、その場でそれ以上潜るのをやめてください。

  • 片側だけ耳抜きができない
  • 潜降や浮上の途中で強い痛みが出た
  • めまい・回転する感じ・吐き気が出た
  • 急に聞こえにくくなった、詰まった感じが続く
  • 耳鳴りが出た
  • 耳から液体や血が出た

共通して大切なのは、抜けないまま無理な耳抜きを繰り返さないことです。強く力を入れる操作は、かえって内耳側を傷めることがあります。とくにめまいと急な難聴は内耳の障害を示していることがあり、早く対応するほど残る選択肢が増えます。「そのうち治る」と潜り続けないでください。

なお、浮上後に息苦しさや泡の混じった痰が出た場合は、耳とは別の問題が起きている可能性があります。潜水中に起こる呼吸のトラブルについては浸水性肺水腫(IPE)で別に整理しています。

よくある質問|耳の手術後のダイビング

Q. 耳の手術を受けたら、ダイビングはもうできませんか?

2026年に潜水医学の専門誌へ発表された総説は、いまある根拠が「すべての耳の手術について一律に潜水を禁止する」扱いを一貫して支えてはいない、としています。見るべきなのは手術を受けた経歴そのものではなく、術後の状態が安定していることと、圧力を確実に合わせられることだと整理されました。ただし外耳道の後ろの壁を削り落とす手術のように、はっきり制限すべきとされた術式もあります。判断は執刀した医師と耳鼻咽喉科で行うものです。

Q. 耳が痛くならなければ、耳抜きはうまくいっていますか?

そうとは限りません。2016年の前向きの観察研究では、開始の時点で鼓膜が正常で耳抜きもできていたレクリエーションダイバーのうち、最終の診察の時点で36.5%の耳に中耳の圧外傷にあたる所見が見つかり、しかも所見の重さと自覚症状は対応していませんでした。痛みが出なかったことは、耳が無事だったことの証明にはなりません。手術を受けた耳では、自覚に頼らず耳鼻咽喉科で確認するほうが確実です。

Q. 人工内耳を使っています。潜ることはできますか?

総説では条件つきとされています。判断が機種ごとの仕様に左右されるためで、メーカーが公表している耐圧・水深の上限を確かめることが前提になります。あわせて、聞こえにくさがある場合は水中での合図を音以外の手段で用意しておくことが安全に関わると指摘されています。いずれも人工内耳を扱っている医療機関での確認が必要です。

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