水中肺水腫(IPE)とは|ダイバーが知るべきリスクと対処法

ダイビングメディスン専門医が解説

「ダイビング中に急に息が苦しくなった」「ピンク色の泡状の痰が出た」

それは水中肺水腫(IPE)のサインかもしれません

自然に回復しても、次のダイビングで命に関わる事態になることがあります。
症状・リスク・受診の目安を知っておいてください。

WHAT IS IPE

水中肺水腫(IPE)とは

水中肺水腫(IPE:Immersion Pulmonary Edema)は、水中に浸かっている最中や直後に、外部の水を飲んだわけでもないのに肺に水が溜まる病態です。溺水とは全く異なり、自分の毛細血管から滲み出た液体が肺胞に流れ込むことで起きます。

約1%
スクーバダイバーの発症率
(欧州複数研究の合算値)
79%
水中で発症する
(水から出てから気づく人が多い)
22〜30%
再発率
(「完全に治った」後でも再発する)

重要:致死的な再発が報告されています

心臓に異常なしと判断された後でも、致死的な再発が起きた事例があります。「一度起きたIPE」は、その後の潜水再開の判断を医師と慎重に行う必要があります。

RISK CHECK

あなたは大丈夫? — IPEリスクチェック

以下の項目が当てはまる方は、IPEへの注意が必要です。

最も強いリスク
⚠️ IPEの既往がある

一度IPEを起こした方の再発率は22〜30%。「前回自然に治ったから大丈夫」は最も危険な考え方です。必ず専門医の評価を受けてください。

高リスク
高血圧がある
IPEリスクが約5倍になります(OR 4.87)。
降圧薬の種類によってもリスクが異なります(βブロッカーは特に注意)。
高リスク
50歳を超えている
61歳以上では18〜30歳の約13倍のリスク(OR 12.74)。
加齢に伴う心臓の機能変化が主な原因です。
高リスク
女性である
女性のリスクは男性の8〜9倍(OR 8.59)。
ホルモンの影響・体液調節の性差が関与しています。
その他のリスク因子
• 喘息・肺疾患の既往
• βブロッカーの服用
• NSAIDs(痛み止め)の常用
• 心臓弁膜症・心筋症
• 糖尿病
• 冷水・激しい運動

※ リスク因子が複数重なるほど発症しやすくなります。「高血圧がある50歳以上の女性」は特に注意が必要です。

SYMPTOMS

水中・水から出た直後に気づく症状

IPEの79%は水中で発症します。水から出た後に悪化することもあります。

要注意サイン(緊急)
  • ピンク色・泡状の痰(血性のことも)
  • 激しい呼吸困難(93〜100%)
  • 強い咳嗽(91〜100%)
  • チアノーゼ(くちびる・爪が青紫色)
  • 意識の混濁・強い不安感
早めに気づくべきサイン
  • 息苦しさ・呼吸のつらさ
  • 胸の圧迫感・締め付け
  • 著しい疲労感・力が入らない
  • 呼吸数が急に増える
  • 水中で原因不明のパニック感

「レギュレーターの故障かと思った」という誤解に注意:
水中でIPEが起きると、器材のトラブルと間違える場合があります。原因不明の呼吸困難が続く場合はIPEを疑い、すぐにダイブを中止してください。

EMERGENCY RESPONSE

IPEが起きたときの対応

すること
1
すぐにダイブを中止する
症状が軽くても続行しない。
2
安全に水面へ浮上する
症状が軽いうちに減圧停止を実施。重症なら省略して浮上。
3
水から出て座位をとる
座った姿勢(起坐位)で肺への血液集中を軽減。ウェットスーツを脱がせる。
4
高流量酸素を投与する
フェイスマスクで高濃度酸素。水面に緊急酸素がある場合はすぐに使用。
5
救急搬送する
「自然に良くなってきた」でも必ず病院へ。SpO₂が95%以下なら即119番。
やってはいけないこと
❌ 高気圧チャンバー(再圧療法)は不要
IPEは減圧症(DCS)ではありません。チャンバーに入れると血行動態の負荷が増し、状態を悪化させる可能性があります。
❌ 過剰な点滴は不要
脱水ではないため、過剰な点滴は肺の状態を悪化させます。
❌ 「治ったから」と病院をスキップしない
水から出ると症状が急速に改善することがあります。しかし検査が必要な心臓・肺の変化は数日以内に検査しないと見逃されます。
AFTER IPE

「治った」では終わらない — IPE後に知るべきこと

IPEは「48時間で治る」と言われてきました。しかし2023年のスウェーデンの追跡研究(30ヶ月間、165名)では、それよりずっと長引く人が多いことがわかっています。

38%
2日を超えて
症状が続いた
21%
5日以上
症状が続いた
4%
30ヶ月後も
何らかの症状残存
8%
IPE後に
新規高血圧を発症

IPEは「潜在的な心血管疾患の前兆」です

IPEを起こした方の多くに、未発見の高血圧・心臓の拡張機能障害・仮面高血圧(診察室では正常、運動時や夜間に上昇する高血圧)が見つかることがあります。IPEは「偶然の出来事」ではなく、体が発した重要なサインである可能性があります。

IPE後にダイビングを再開した方のうち、58%がその後オープンウォータースイミングを断念しています(同研究)。早期に適切な評価と治療を受けることが、その後の健康全体にとって重要です。

FITNESS TO DIVE

IPEのあと、またダイビングできるか

SPUMS/UKDMC 合同ポジションステートメント 2024(世界標準)

「IPEを経験した方が、その後もスクーバダイビングを継続することを強く推奨しない。」

SPUMS(南太平洋水中医学会)・UKDMC(英国ダイビングメディカル委員会)共同声明 2025年1月掲載

これは世界のダイビングメディスンにおける現在の標準的な見解です。ただし、すべての方に一律に適用されるわけではありません。IPEの原因となった基礎疾患が特定・治療された場合、特定の条件下での継続を検討できる場合があります。

大切なのは、医師なしに自己判断でダイビングを再開しないことです。

ダイビング再開前に必要な検査

24時間血圧モニタリング
診察室では正常でも運動時・夜間に高くなる「仮面高血圧」の検出
心臓エコー検査
心臓の構造・機能・壁運動の確認。早急な施行が必要(数日で正常化するため)
運動負荷試験
SpO₂・血圧モニタリング付き。運動時の高血圧・不整脈・低酸素の検出
高感度トロポニン
約50%で上昇。心筋への影響を確認。上昇があれば心臓MRIを検討
OUR CLINIC

ご予約・相談|札幌来院・全国オンライン対応

当院のダイビング外来は、テクニカルトライミックスインストラクター兼・内科医が担当します。IPEを経験した方・リスクに心当たりがある方の相談・評価を行っています。

  • 24時間血圧モニタリング(ABPM)の実施・評価
  • 心臓エコー・運動負荷試験の手配・結果解釈
  • 降圧薬の見直し(βブロッカーからの変更など)
  • ダイビング適性の医学的評価・判断
  • ダイビングメディカル(各種書類の作成)

⚠️ 耳のトラブル・減圧症(DCS)の相談は行っておりません。IPEを含む呼吸器・循環器系のダイビング関連疾患についてご相談ください。電話:011-552-7000